猫のニャン
今の夫と結婚する前から、夫の実家で飼われていた猫がいました。
元は野良猫で、弱っていた子猫でした。
猫好きな夫が拾ってきて、家族とともに世話をしているうちにすくすくと育ちました。
おいしいものをたくさん食べさせられて、丸々と太った猫になりました。
名前はニャンです。
私も結婚前から、夫の実家でよくニャンと会いました。
人見知りで怖がりなニャンは、最初は私のことを怖がっていました。
私が夫と結婚して夫の実家で暮らすようになる頃には、少しずつ慣れて心を開いてくれたようで、私の膝の上にも乗るようになりました。
時々ニャンはどこかに行ってしまい、2、3日帰ってこない日があり、家族みんなで心配して探し回ったこともありました。
家族でニャンを家に置いて、近場に旅行をして帰ってきた時は、ニャンは怒って台所にウンチをしていたこともありました…
夫は一人っ子だったので、夫の両親は、まるでニャンをもう1人の子供のようにかわいがって大切にしていました。
兄弟のいなかった夫は、オスであるニャンを弟のようにかわいがっていました。
おそらく生まれたばかりで親猫と離れ離れになって野良猫だったニャンは、あたたかい家族の愛に包まれて、幸せに暮らしていたのでした。
ニャンが中心じゃなくなっていく
けれど、家族の状況が大きく変わる出来事が起こりました。
それは、私の子供が生まれたということです。
私自身は忙しくはなったものの、ニャンに対して特に感情の変化はありませんでした。
けれど、夫や、夫の両親は生まれてきた赤ちゃんに夢中になってしまいました。
無理もありません、夫にとっては初めての子供、夫の両親にとは初めての孫だったのですから。
ニャンは、みんなに抱っこしてもらえなくなりました。
それどころか、赤ちゃんによくないからと、近くに来ないように遠ざけられたりもしました。
いつも家族みんなに抱っこされていたニャンが、寂しそうに窓辺で外を見ていたりしました。
その後ろ姿を見て、私はニャンの淋しさがわかるような気がしたのです。
私も、家族のようでいて、楽しそうな夫や夫の両親の傍ら、自分1人だけが他人のような疎外感を感じていました。
所詮自分は血のつながりのない他人。
あんなにかわいがられていたニャンも、赤ちゃんにはかなわなかったのです。
元気がなくなっていくニャン
赤ちゃんの健やかな成長とは裏腹に、ニャンは次第に加齢のせいか、元気がなくなっていきました。
みんな、少し心配しつつも、やっぱり赤ちゃんのことに気をとられていました。
ニャンはだんだん目が開かなくなってきました。
病院に連れて行こうか、という話もありましたが、近くに動物病院がなく、怖がりなニャンを病院に連れて行くのも難しいと、結局病院には行かずに様子見になっていました。
ニャンはどんどん元気がなくなっていきました。
次第に食欲もなくなりました。
前は、姿が見えないとみんなに心配されていましたが、だんだん気にかけられなくなっていきました。
みんなに囲まれて家族の中心にいたニャンは、いつしか小屋の中で過ごすようになっていました。
ニャンが元いた場所には、いつも赤ちゃんがいたのでした。
別れは突然やってくる
ある朝、ニャンが小屋の高いところから落ちて、亡くなっているのを、夫の母が発見し、驚いてみんなに報告しにきました。
家族みんなで驚き、ショックを受けました。
そして、夫の母は、ニャンを庭の畑の横の土の中に埋めることにしました。
ニャンを土の中に埋めながら、夫の母は目に涙を浮かべていました。
家族みんなが、ニャンのことを構わなくなってしまったのは、赤ちゃんが生まれたからもうニャンのことなんてどうでもいいとか、そう思ったからではないんです。
ニャンはもう家族で、ずっといてくれる、それが当たり前、いつでも会える、安心していたんだと思います。
だから新しく生まれた赤ちゃんの方ばかりを、みんなが見ていたんだと思います。
だけど、ニャンは永遠にいるわけではなかったんです。
みんなが知らないうちに、体が弱ってしまい、淋しい思いをしていたんだと思います。
いなくなってから初めて、家族みんなが、ニャンの存在の大きさを実感したようでした。
生き物を育てるという難しさ
ニャンが亡くなってからは、一度だけ捨てられていた小さな子猫をもらってきて飼おうとしました。
ですがミルクが上手く飲めず、体が弱ってしまい、亡くなりました。
家族はショックを受け、あらためて小さな猫を育てることの難しさを知りました。
子猫は、ニャンを埋めた土の近くに埋められました。
ニャンも子猫も、お互いにひとりぼっちにならず良かったかもしれません。
今はペットを飼う人が多く、ペットは癒しになる存在ですが、やっぱり命がある分、育てる責任は重いと思うのです。
そして、ペットは単なるペットではなく、家族の一員にもなりえるくらい大きな存在であり、だからこそ、いつか別れの時がくる、その覚悟が必要だとわかりました。
ただ、それはネガティブな意味だけではなく、いつか別れの時がくるからこそ、決していつもいるのが当たり前だとは思わずに、後悔のないよう、たくさん可愛がってあげないといけないんだと思いました。