野良猫との出会い
幼い頃から猫のいる生活を送っていました。
猫については詳しいほうだと思っていましたが、出産に立ち会ったことはありませんでした。
飼っていた猫のほとんどは元野良猫の雑種で、健康のためにも適正時期になったら、すぐに避妊手術をしていたからです。
チビも野良猫として我が家にやってきました。
生後3ヵ月ほどの人懐っこいメス猫で、白黒の柄とピンクの鼻がとてもかわいい猫です。
チビは当時、父が借りていた事務所の前に現れました。
朝早くに心細い顔で事務所の前にうずくまり、話しかけるとすぐによってきました。
あまりの人懐っこさに捨てられたのかな思っていましたが、身体が汚れていたので、おそらく母親とはぐれた野良猫だろうということで、最初は事務所で面倒をみることになりました。
好奇心旺盛で遊ぶのが大好き、人間のことも好きなので、事務所から帰宅する際はいつも寂しそうな表情をします。
チビが一人で寂しい思いをしていないか気になって、夜に事務所へ遊びにいくことも多くなりました。
愛猫チビの妊娠
もう猫は飼いたくないという母を説得して、実家でチビを飼うことになりました。
初めて乗った車にも怖がらず興味津々のチビは、後部座席のヘッド部分に乗ってトラックの運転手さんに愛想を振りまいていました。
我が家には庭があり、歴代の猫が野良猫だったことから、猫を外に散歩させる習慣がありました。
家のすぐ前は大きい道路なので私はチビを表に出すことを反対しましたが、勝手に父が外に出してしまいました。
チビは人間を怖がらないので、事故に巻き込まれるんじゃないかといつも不安でした。
チビに変化が現れたのは、それから半年が過ぎてそろそろ避妊手術をしようかと考えていた頃、チビのお腹が大きくなっている気がしました。
念のため病院に連れていくと、案の定妊娠が発覚しました。
お腹には3匹の子供がいるというのです。
そのまま手術することもできたようですが、私と父は大反対しました。
母に頼み込んで、チビに子供を産んでもらうことに決めました。
妊娠中のチビはホルモンの影響か普段はしない粗相をしたり、寝ていることが多かったように思えます。
猫の妊娠から出産の期間は約2ヵ月、思ったより早くその日は訪れました。
いつものように、こたつに入ってテレビを見ている父の足元で丸くなっていたチビ。
父がお腹をさすってあげていると、いきなり産気づきました。
私も父も慌てましたが、どうすることもできないので静かに見守ることにしました。
あまり人間に見られていると、ストレスから自分の産んだ子供を食べてしまうと聞いたことがあるので、たまに様子を見るようにして、こたつをチビに明け渡しました。
しばらくすると小さな塊を3つ、チビが大事そうに舐めていました。
3匹みんな無事に産まれたようです。
生まれた3匹の子猫とチビとの生活
チビと同じ白黒ちゃんが2匹、白地にブチが入った小柄な子猫が1匹でした。
ほっとすると共にこれからどうしよう、という話になりました。
調べてみると、なるべく狭く人の目につかないところに、母親と子猫を置いたほうがいいとのことでした。
使っていない台所の、横のスペースを段ボールで囲み、その中に更に段ボールを置いて、チビと子猫たちの居場所にしました。
チビは出産後からほとんど食事をとらず、一生懸命子猫の世話をしていました。
子猫の目が見えるようになると、段ボールからちょこちょこ顔を出してきました。
チビは不安なのか、子猫のそばを離れることはありませんでした。
チビたちの居場所が汚れてきたので、掃除をするため段ボールを今の片隅に移動するとチビは状況を理解したようで、自分で子猫を運び出しました。
しかしなぜが2匹目を咥えていってから戻ってきません。
猫は子供を移動する際、なにかのきっかけで子供を置き忘れてしまうことがあると知って、私が残りの1匹を手に乗せてチビの元に届けました。
そのときのチビの表情は、まるで人間のようで「あ、忘れてた!」と、はっとした顔つきになったのをいまでも鮮明に覚えています。
2週間ほど経った頃でしょうか、子猫たちはママの後をついて、ちょこちょこ家の中を探索するようになりました。
掌サイズの子猫たちのかわいさに家族全員釘づけで、甲斐甲斐しく面倒をみるママを私はいつも褒めていました。
ママも心なしか誇らしげでした。
ママは子猫たちを案内するかのように、ここがトイレだよ、こっちがごはんだよ、と3匹を引き連れていました。
そのおかげか私たちは子猫たちを一切しつけることなく、その後も自然と生活できました。
子猫たちもケンカをしながら3匹でよく遊んで、ママにべったり甘えていました。
子猫の成長と、チビとの別れ
子猫たちが2、3ヵ月になると、ママが隙をみて外の世界に連れ出すようになりました。
私は気が気でなかったのですが、父が喜んで外に出してしまうときが多く、どうにもなりませんでした。
このときは私の心配をよそに、ママがちゃんと全員連れて帰ってきて「猫でも母親はえらいな」と、感心したことを覚えています。
半年ほどが経過すると、子猫たちもそれぞれ自由に行動することが多くなり、甘えようとする子猫をチビが威嚇するようになりました。
きっと子離れの時期だったのでしょう。
子猫たちは悲しそうで、不思議そうな表情をしていました。
ある日私が出かける前、外にいたチビが私をじっと見つめて膝の上に乗ってきました。
それがチビとの別れでした。
母猫は子猫が育つと場所を明け渡して、自分はどこか別のところに行ってしまうことがあるそうです。
突然のことで悲しくて数日間探し回りましたが、チビが帰ってくることはありませんでした。
できることならチビとずっと一緒にいたかったのですが、残された子猫たちはいまでも家でのびのび元気に育っています。
チビが一生懸命世話をしていたかわいい子供たちを、チビの分までかわいがっていきたいと思っています。
人間のように、愛情を注いで子供を育てたチビの姿をこの先も忘れることはありません。