ペットショップで出会ったでかすぎる柴犬
ペットショップに勤務をしていた私は、ある日他店から引っ越してきた1匹の柴犬と出会います。
その柴犬は男の子で、頑丈な檻に入れられ、明らかにサイズが大きいです。
他の犬猫が生後3ヶ月でやってくるのに対して、その柴犬は他店で売れずに残っていました。
お店に来た時点で、もう7ヶ月を迎えようとしていました。
そして、どこかおびえた目をしていました。
何か売れ残っていた原因があるのか、とおそるおそる手を差し伸べると、素直に上を見上げ体を触らせてくれます。
あれ?と思い抱っこしてみると、とにかく重いんです。
他の子犬たちは数百グラムなのに対して、しっかり重い!でかい!んです。
その柴犬の体重は、とっくに6キロを超えていました。
もう重すぎて、大きすぎて、なんだか楽しくなってしまった私。
その瞬間に自分でも驚くほど自然に言葉が出ました。
「よし、うちにおいで」
もちろん、それまで柴犬を飼うつもりはなかったです。
子供の時に16年そばにいた愛犬を亡くしてから、新しく犬を飼うことすら頭にありませんでした。
動物好きは変わらず・・・
最初に飼った子の思い出が強すぎて、あの子と比べてしまうのでは・・・?
と、新しい子を迎え入れるということができずにいたのです。
それでも、やっぱり動物が好きなのは変わりませんでした。
そばに居たいという思いから、働き始めたペットショップ。
お客様へのセールストークとして、
「出会いってあるんですよ」「最初のフィーリングが大切ですよ」
と話していました。
まさか自分が出会って数分の、まだ店頭にも並んでいない柴犬を飼うことになるなんて、思ってもいませんでした。
一旦冷静になり、まずはその柴犬を観察するところからはじめました。
勤務していたペットショップには、食事量や体調を記録する申し送り書のようなものが、犬ごとに添付をされていました。
体調や、性格など、スタッフ達が気づいたことや、注意すべき点を記録する書類です。
その柴犬の書類には、しっかり食事をたべ、体調のチェックも完璧、注意すべき点の記述すらありませんでした。
おそらく、売れ残っていた原因は、ただひとつ「大きくなってしまったから」なのかもしれません。
ペットショップでは、数か月を過ぎても売れ残っている子が確かに存在します。
他の店舗に移動をしたり、値段を下げたり、お家に行けるようスタッフ一同並々ならぬ努力を行います。
それでも、7ヶ月を過ぎた子ははじめて出会いました。
犬のしつけが一番大変
犬は4か月を超えたくらいから、わがままになったり、「どこまで悪さをしても怒られないか」と、こちらを試すような時期があります。
他の犬に対してけんかを仕掛けてみたり、エサを奪い取ってしまう子も少なくありません。
その時期のしつけは一番重要です。
店舗にいるうちは、スタッフが毎日戦いながらしつけを行います。
自我が芽生え、犬としての本能をぶつけてくる犬たちに、いかに人を嫌いにならずにしつけを行うかは、スタッフの腕の見せ所です。
さぁ、気合をいれて、その柴犬の食事を用意します。
器にドッグフードをいれ、近づきます。
まず、驚いたのが、用意をしている時点から、「おすわり」をしていたことです。
前の店舗のスタッフが教えたのかなと、深くは考えずに、柴犬に食事を差し出しました。
柴犬と食事
そして、ここからが本当の気質を見分ける時です。
柴犬は警戒心が強く、自分のものに対して手を出されることを嫌います。
その最たるものが、食事です。
柴犬に限らず、犬は食事に手を出されるともちろん怒ります。
けれど、私は、その柴犬の本質を見たかったのです。
食べている最中に器に手を伸ばしました。
もちろん、これは他の方はケガの原因となるため、絶対に真似をしないで下さい。
その柴犬は、器に手を出された瞬間に、ちょっと切なそうな顔をしながら、食べるのをやめたのです。
意外でした。
驚きました。
無謀ともいえる行いをした私に対して、怒りの感情は一切出さずに、ただ器を奪われるのを眺めていた柴犬。
「よし。この子なら飼える」と私は確信しました。
そこからの展開は早く進みました。
まずは、親に柴犬を飼いたいと相談をしました。
少し頭のかたいはずの父親が、なぜだか柴犬ならOKと二つ返事で許可がでました。
父親が、実は柴犬が好きだったなんてことは、その時にはじめて知りました。
ゲージを買い、トイレを用意し、食事を買いそろえ、迎え入れる準備はあっという間に整いました。
迎え入れる当日、お客さんとして店舗に訪れ、契約をかわし、支払いを済ませました。
さぁ、あとは連れて帰るだけ、となったときに、購入する子とは別のやんちゃな柴犬が横から威嚇をしていました。
まぁ、この子は怒らないし大丈夫だろうと安心をして様子を見ていたところ、その子がそっと吠えている柴犬に近づいていきます。
そして「わんっ!」と一度だけ吠えたのです。
そのひと吠えで、やんちゃな柴犬はおとなしくなり、先輩とみとめ伏せの姿勢を取りました。
その子は怒らない柴犬ではなかったのです。
飼い主を守るときにはしっかり声をあげられる、勇敢な柴犬でした。
その姿に感動しながら、連れ帰り、今ではお腹を出して油断してばかりの私のかわいい愛犬となりました。
今ではあの勇敢さはどこへいってしまったのかと少し不安ですが、こんな柴犬が1匹くらいいてもいいよねと思っています。
その後に保護して飼うことになった猫に、毎日ちょっかいを出されているのに怒ることもなく・・・。
今日も我が家は怒らない柴犬と、やんちゃな猫にかこまれた平和な日を過ごしています。