ミックス犬「シロ」との出会い
私が飼っていたのは、ミックス犬です。
10年以上前、中学生になる前に、制服を買うために訪れた店で出会いました。
その子は一度、飼い主さんが決まったようなのですが、その飼い主さんが高齢ということもあり、そのお店に戻ってきていたようです。
母犬と一緒にいたその子は、母犬が焦げ茶なのに対して、綺麗なクリーム色をしていました。
母犬は短毛種なのに対して、その子は長毛種、お店の人が言うには、父犬の特徴が強く出ているらしかったです。
人懐っこい子で、人が来ると、ふさふさした尻尾を大きく振って、近寄ってきてくれました。
思えば、一目惚れだったのだと思います。
この子を飼いたい!と両親、祖父母を説得しました。
そして、晴れて我が家の一員となったその子は、最初に飼われていた家でシロと名付けられていました。
親より白いからシロ、ということらしかったです。
【ミックス犬】甘えん坊で、しつけいらずな愛犬
シロはうちに来た当初、少しでもそばを離れるとクゥーンクゥーンと鳴いて、一人でいるのを嫌がるような甘えん坊でした。
それでも2週間もすると我が家に慣れたのか、一人でもちゃんとお留守番できる、いい子になりました。
私が学校から帰宅すると、足音で分かるのか出迎えてくれ、尻尾をちぎれんばかりに振り、全身で私の帰りを喜んでくれたのを思い出します。
無闇に吠えることの無い子でした。
無駄吠えの躾をしなくても、吠えてはいけない相手を分かっているのか、郵便配達や宅急便の方に吠えることはありませんでした。
私の家は田舎にあり、シロのふわふわした長い毛並みでは散歩に行くとすぐに汚れてしまい、こまめにシャンプーをしなければなりませんでした。
シロは水が苦手、というわけではありませんでしが、シャンプーは嫌がることが多く、私一人では出来ずに、母親に手伝ってもらったこともありました。
【ミックス犬】散歩がとにかく大好きな愛犬
私は、高校を卒業するとすぐに就職しました。
学生時代ほどシロと触れ合える時間がとれずに、休みの日にシャンプーしたときなどは、まるで構って貰えないことを拗ねているような、そんな仕草をする子でした。
人の言っていることが分かるのでしょうか。
怒られたり構って貰えなかったりすると、こちらに背を向けて、時々ちらりと肩越しに窺うように振り向く姿が、今でも鮮明に思い出せます。
散歩がとても大好きな子で、散歩の時間になると数回吠えて促し、リードを手に取っただけで飛び跳ねて喜んでいました。
当時私は職場で上手くいっていなくて、外に出ることも嫌になっていましたが、シロとの散歩の時だけは、そんなことを考えずに楽しんでいました。
小学生のころから10年以上、私にとっては人生の半分を一緒にいた大切な大切な存在でした。
しゃがんで手を広げれば、その中に飛び込んできてくれたり、私が落ち込んでいるような時は、静かにそばにいてくれました。
自分に何かするより、シロにおいしいおやつを買ってあげよう、シロに何かしてあげようと思うことが多かったように思います。
気づけなかった愛犬の「悪性腫瘍」
ずっとずっと一緒にいられたらよかったのに・・・。
そう思いましたが、やはりシロもだんだん歳を取ってきます。
以前ほどはしゃいだりすることはなくなりましたが、それでも散歩の時は全身で嬉しさを表していました。
ある時、シロの脇腹に傷があるのを母が見つけ、動物病院に連れていった時のことです。
私の家の周りは、野生動物が出るので喧嘩でもしたのだろうとばかり思っていましたが、検査をした先生は一言「悪性の腫瘍です」と仰いました。
足元が崩れる感覚とは、あの時感じたものを言うのでしょう。
先生が何を言っているのか、半分も耳に入ってこなくて、それでも寄り添ってきたシロの体が暖かくて、私は帰宅後泣きました。
どうしても信じられなかったのです。
先生は「末期で、できることは痛みを軽減することくらいだ」と仰いました。
そんなになるまで、気付けなかった自分が憎くてどうしようもなかったです。
痛みがあるはずなのに、それでも泣いている私を気遣うような目をしたシロが愛しくて、ずっと泣いていました。
病院に行く前は元気だったのに、病院から戻ってきた時にはもう立ち上がるのも辛そうで、それでも私が行けば緩やかに尻尾を振って、懸命に立ち上がり近寄ってきてくれました。
私ができることは、出来るだけシロが苦しくないように、痛くないようにベッドを整え、餌を変えて薬を飲ませる、たったこれだけでした。
もっと早く気づいていれば、シロはまだ元気だったのにと、シロが横たわるベッドの側で何度思ったことでしょう。
大好きだった散歩も、以前の10分の1も歩けなくなりました。
そんなシロに、「大丈夫だよ。ゆっくり、ゆっくり歩こうね」と声をかけながら、見ていられなくて何度も目を逸らしては、それでも目の前からいなくなってしまうのが嫌で見つめました。
たとえ愛犬がいなくなっても「一緒にいた」思い出は消えない
桜の散った、ある日。
朝起きると母親から「シロがね、旅立ったよ」と言われ慌てて向かえば、ベッドに横たわる姿。
悲しいより先に呆然としてしまい、冷たくなったその体に触れ、ただ言葉を無くしていました。
じわじわと実感が湧いてきたのは、職場から戻ってきた時、声を上げて泣きました。
今でも、ふとした時にあの子の声を思い出す時があります。
私は、あの子に何をしてやれただろうと、後悔に襲われるのこともあります。
それでも私の人生のそばにいてくれた、大切な大切なシロ。
今までも、これからもずっと大好きだよ。